スタッフブログ -千春楽の出来事-

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明日も早よからマタ病院を「はしご」する事と成ったが、医者が専門性を過度に帯びて来て、人間を治療するのか?傷や病を修復する・駆除駆逐するか、データや画像の状態に集中して修繕工事の職人の様になった感じがする。
顔色や聴診器、脈や触診、食欲、五感の異常など、データ・数値・画像で漏れコボレたかも知れない「患者」のオーバーオール・健康状態を観察する事はホボ無くなった。効率良く人間を修理するメンテナンス作業場が病院のようで、患者・不具合の在る者が、うまく医者の資格を持つ修理人を遣って行かないと時間とお金もQOLも台無しになる。

養老孟司が以前に言っていた記憶を掘り起こして、
Google・Gemini君に訊いてみた・・・


【医者には「doctor」と「mr.」が居ると、西洋医学の歴史をもとに解説せよ】

西洋の医療、特にイギリスの医療界において、内科医は「Dr.(ドクター)」、外科医は「Mr./Ms.(ミスター/ミズ)」と呼ばれる伝統があります。 [1]
この使い分けの理由は、中世から19世紀にかけての「内科と外科の歴史的な身分格差」にあります。その歴史的背景を3つの段階に分けて解説します。 [1]

1. 内科医は「学者」、外科医は「職人」

中世ヨーロッパにおいて、内科医と外科医は完全に異なる職業でした。

•    内科医(Physician):大学でラテン語や哲学、医学理論を学んだエリートです。患者の体に触れず、診察と投薬を行いました。大学で学位(Doctorate)を得るため、「Dr.」と呼ばれました。

•    外科医(Surgeon):当時は医学とみなされず、刃物を扱う「技術職」でした。大学には行かず、徒弟制度で技術を学びました。そのため、学位を持たない一般市民として「Mr.」と呼ばれました。

2. 「理髪外科医」の時代

中世の外科医は、髪の毛を切る「理髪師」を兼ねていました(理髪外科医)。
彼らの仕事は、髪のカットだけでなく、血を抜く「瀉血(しゃけつ)」、膿出し、抜歯、骨折治療、手足の切断などでした。
学問(Dr.)ではなく手作業の仕事だったため、社会的地位は内科医よりも遥かに低いものでした。

3. 外科の近代化と伝統への誇り

18世紀から19世紀にかけて、科学の発展とともに外科手術の重要性が急上昇します。1800年にはイギリスで「王立外科医師会(RCS)」が設立され、外科医も高い専門性を持つ医療プロフェッショナルとして認められるようになりました。
しかし、社会的地位が内科医と並んだ後も、外科医たちはあえて「Dr.」を名乗りませんでした。彼らは「大学の机上の空論ではなく、自らの手で患者を救ってきた職人の歴史」に強い誇りを持っていたため、伝統的な「Mr.」の敬称を使い続けたのです。

現代の状況

現在でもイギリスやオーストラリア、ニュージーランドなどではこの伝統が残っています。
医学生は卒業時に全員「Dr.」になりますが、その後、厳しい試験に合格して王立外科医師会の会員(外科の専門医)になると、敬意を込めて再び「Mr.」「Ms.」の敬称で呼ばれるようになります。


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