六月の漢詩・・・
吉田松陰は 1858年 6月、15歳となり元服した(2ヶ月後)山田市之允(顕義)に漢詩を贈っています。
立志尚特異 志を立てるには人と異なることを恐れてはならない
俗流興義難 世俗の意見に惑わされてはいけない ※興が誤字です悪しからず
不思身後業 世の中の人は死後の業苦の事を思う事も無く
且愈目前安 ただ目の前の安逸を貪っているだけなのである
百年一瞬耳 人の一生は長くて百年一瞬である
君子勿素餐 君たちはどうか徒に時を過ごすことのないように
明治維新前は「和魂漢才・わこんかんさい」の思想が菅原道真の頃から教養として確立し漢詩を遣える事がエリートの証であった。明治になり「和魂洋才・わこんようさい」と言葉は変わったが英語が遣える事の証として、いまは資格として「TOEFL」「TOEIC」が必要条件だが、教養がソレに紐づいて居るだろうか?・・・ワーキングホリデーの台湾の大学生に「屏風の漢詩を読んで何て書いて有るの」と訊いたが、読む事は出来るが何という意味か説明できなかった。哲学や其れが書かれた歴史背景や思想が理解できないラシイ。
「論語読みの論語知らず」とよく言う、「英語は話せるが、理解できない」と云う言葉が有るのかも知れない?
Google・Geminiに訊いてみた
"A learned fool" (学識のあるバカ、知識はあるが愚かな人)です。


